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忘れ去られたある英国人作家、ヘンリー・ライダー・ハガードの功績 

19世紀のイギリスでもっとも発達した文学形式は、芝居でも詩でもなく、小説でした。
この時代は、チャールズ・ディケンズの時代であり、ジョージ・エリオットの時代であり、ブロンテ姉妹の時代であり、ラドヤード・キップリングの時代でした。

ディケンズやサッカレーは当時から現代に至るまでに、芸術的な面でも高い評価を受け続けてきましたが、その一方で彼らはベストセラー作家でもありました。ですが、彼らのように、芸術的な評価と商業的な成功の両方を手に入れたものは、言うまでもなく少数例です。

この時期、具体的には、1880年から1895年にかけて、出版・ジャーナリズムの世界は急速な変動を遂げました。教育基本法の施行により、教育の義務が生まれ、識字率が大幅に上昇。また、「空腹の40年代」を経たイギリスは、類の無い経済的大繁栄の時代を迎え、中産階級の人々の間に、余暇を楽しむ時間的、経済的余裕が生まれました。その結果、大衆出版物が増大、ゴシップ欄が新聞をにぎわせ、人々に気軽で肩ひじの張らない娯楽を提供していました。

そんな時代の中、文学はひとつの戦場と化し、作家たちに大きな二つのベクトルが生まれました。片方は、市場にほとんど信をおかず、後世にある程度の信頼を託した「芸術家」たち、ヘンリー・ジェームズ、ジョージ・メレディスなどで、もう一方はギッシングのいう「商売人」、すなわち、娯楽的要素の強い作家たちでした。

その当時の、当代きってのベストセラー作家が、数多くの冒険小説で知られるサー・ヘンリー・ライダー・ハガードです。

彼の、探検家アラン・クオーターメインを主人公とする『ソロモン王の洞窟』に続くシリーズは人気を博し、『アランの妻』、『二人の女王』など、続々とシリーズが発表されました。シャーロック・ホームズシリーズもこの時代に生まれましたが、コナン・ドイルもハガードには相当強い対抗意識を持っていたそうです。
そういった、「商売人」たちは、今日では決して世間一般に広くひられているとは言い難いですが、彼らは紛れもない成功者であり、その後の時代に渡っても成功者でした。

ただし、その成功の形は、文学評論のなかではなく、映画の中でした。

冒険小説は、ペース、事件、場所、人物などを都合よく混ぜ合わせて、お決まりの形に仕上げるものです。そこには、好奇心をみたす異国への冒険があり、アクションがあり、英雄譚があり、ロマンスがあります。これは、何もかもが大衆の望む要素で、大衆の娯楽として花開いた映画の題材としては、この上ないものでした。

また、1880年代に冒険物語の傑作『宝島』でロバート・ルイス・スティーヴンソンが大成功をおさめたことが、冒険小説が人気を獲得する契機となりましたが、彼が一つの場面を掘り下げてじっくりと描写してゆくスタイルをとったのに対し、ハガードは矢継ぎ早に場面をつなげ、ストーリーを高速で展開させてゆくスタイルをとりました。

スティーヴンソンの『宝島』も有名なものだけでも4度映画化されていますが、繊細な描写のスティーヴンソンの作風は、余計な説明を嫌う映画とはあまり相性が合わないようで、どれもさほど評判にはなっていません。

対して、ハガードの『ソロモン王の洞窟』は、実に5回にもわたって映画化されています。特に、『キング・ソロモン』のタイトルで、設定に若干の変更を加えた1950年の映画化作品は評判になり、第23回のアカデミー賞で、最優秀作品賞の候補になりました。映画、特に大作映画は、余計な説明を嫌い、スピーディーな展開を要求されます。そのニーズに、ハガードの作風がマッチしていたのでしょう。

さて、ハガードの作品が映画化されたとなると、原作の小説ではなく、そこから派生した活劇映画に影響を受けたものも出てきます。その代表例が活劇映画の傑作として名高い『レイダース 失われたアーク』から始まる、考古学者、インディアナ・ジョーンズ博士を主人公としたインディ・ジョーンズ・シリーズです。

インディ・ジョーンズ・シリーズの第一作、『レイダーズ 失われたアーク』が発表されたのは1981年でしたが、舞台設定は1930年代になっています。これは、1930年代に土曜のマチネで上映された連続活劇へのオマージュであることを表しており、さほど時代そのものに深い意味はありません。むろん、『ソロモン王の洞窟』も1930年代に映画化されています。
『レイダーズ 失われたアーク』は考古学者、インディー・ジョーンズが失われた契約の聖櫃を探すが、不運なことにナチスもこの櫃を狙っていてことからおこる冒険をえがいています。

インディは世界各地を飛び回り、大冒険を繰り広げます。その途中で、アクション、ロマンス、怪奇、超自然的現象がおりこまれ、これがそれまでのフォーマットに従った正当な冒険物語であることがわかります。でも、何よりハガードからの影響を感じるのは、主人公、インディのキャラクターが、アラン・クオーターメインを思わせるところです。

アラン・クオーターメインは、やや屈折したところを持つ人物です。クオーターメインは旅商人兼狩猟家だが、慎重で臆病な男として設定されています。
『ソロモン王の洞窟』では、ククアナ国の王位争いに助力を請われたとき、礼金をちゃっかり受け取っていますし、戦闘の場面でも前に出ようとはしません。
対する、インディ・ジョーンズは?彼はスーパーヒーローではなく、行く先々で殴られます。完璧とは言えない人物です。

『レイダース』では敵に捕らわれたヒロインを助けることよりも、宝を取り返すことを優先して傷口を広げてしまうし、『最後の聖戦』では、裂け目に落ちた聖杯を拾うか、這い上がって父と仲間の待つ場所に帰るかで迷います。

しかし、クオーターメインにしても、インディにしても、最後には小さな勇気を振り絞って、仲間を助ける。
ジョン・グッド大佐の危機を身を呈して救ったのはクオーターメインです。『ソロモン王の洞窟』も『二人の女王』もクオーターメインの手記として書かれているので、読者はクオーターメインの独白を文字どおりに受け取ってしまいますが、、カーティス卿の手記を読めば、実はクーターメインも勇者だったことがわかります。

この、最終的には、勇気を示すキャラクターはインディにも受け継がれています。『レイダース 失われたアーク』のクライマックスでのインディは、囚われの身になったヒロインを助けるために、ナチスの居城へと飛び込んで行き、見事に彼女を救出します。
屈折したキャラクター設定。これが、ひとつめのハガードの遺産です。多くの批評家たちもインディ・ジョーンズシリーズへの影響を語っています。

他にも、インディ・ジョーンズ・シリーズには、ハガードに負っている部分があります。
シリーズ二作目の『インディ・ジョーンズ 魔球の伝説』は、一作目のアドヴェンチャーに加え、幻想的な要素が際立っています。

一作目のインディが秘境に飛び込んで行くのは、宝探しが目的ですが、この二作目はマシン・トラブルが原因で、インドの奥地へたどりつきます。そこは、不思議な力を持つマハラジャが支配する世界であり、そこはハガードの『洞窟の女王』の永遠の命を持つ女王が支配する世界と似通っています。現実逃避的な世界。ここにもハガードの遺産が生きています。このような点で、インディ・ジョーンズは、アラン・クオーターメインの正当な後継者と言ってもいいのではないでしょうか?ライダー・ハガードの名は、今や一般にはあまり知られていませんが、彼が生きていた当時に勝利者であったのと同じく、いまでも勝利者なんです。


もう一つ、ハガードとの共通点を見いだせる映画をあげておきましょう。
エドワード・ズウィック監督、レオナルド・ディカプリオ主演の社会派映画『ブラッド・ダイヤモンド』です。

本編の主人公、ダニー・アーチャー。彼の動機は希少で高価な幻のピンク・ダイヤモンドです。ここは、宝を求めて、カーティス卿に同行するクオーターメインの動機のリフレインです。ダニーはローデシア(現ジンバブエ)の出身という設定ですが、名前は明らかにイギリス系。
彼を高価なピンク・ダイヤモンドのところに案内する男が「ソロモン」なのも何か臭くないですか?

クオーターメインも屈折したキャラクターでしたが、彼もまた屈折しています。彼の冒険の動機はあくまで高価なピンク・ダイヤモンドで、ソロモンの家族探しの手伝いは、あくまでも彼を案内させるための餌です。

しかし、最後の場面で、ソロモンの家族を見つけ、ダイヤも手に入れたダニーは、重傷を負ってしまいます。
「背負って行ってやる」とソロモンは申し出ますが、なんと彼はその申し出を断り、ソロモンにダイヤを渡し、女性記者にソロモンと家族の身柄を守ってくれるようことづけると、ダイヤを追いかけてきた追手を自らの意思で食い止めます。彼もまた勇者なんです。

その後のククアナ国の王位争いは、国政をめぐって対立するRUFと政府軍の内戦、不気味な魔女による大虐殺は、フリータウンでのRUFの大量殺りくへと置き換えられ、ハガードを思わせる息もつかせぬ展開でクライマックスへと向かってゆきます。社会派映画として評判になった本作品ですが、「イギリス冒険小説のテイスト」と「映画秘宝」誌は評しています。

僕も同意見です。


こちらは時代背景の参考に。当時の出版界がよくわかります。

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神谷正倫

Author:神谷正倫
大学院生、兼、物書き、兼、アマチュア俳優、演出家です。
もっぱら、文学、芸術、音楽、雑学系のことを書いていますが、主宰劇団の「劇団 木曜洋画劇場」の宣伝の場も兼ねています。

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